強がりなかぜくら弱虫なあたし

かぜくらの息抜き場

スケープゴート理論とはとは


「集団の平和は、一人の犠牲者がいることにより成り立つ」という考え方。

わかりやすく言えば、ナチスドイツの、ホロコースト
日本でいうと、えた、ひにん。

昔のことのように思ってしまうけど、現在でも、あると思う。いや、ある。



なぜ今、この話題を取り上げるのか。
それは、わたしが大学で受けている講義(コミュニケーション論)でレポートが出されたからだ。

考えがまとまらないから、ブログでまとめようとおもう。
自分の経験を参考に書かなければいけない。
でも、人に知られたくない。
だから、ここでまとめようとおもう。


スケープゴート。俗に言う、生け贄。
これが日常生活のなかでどのように役立つのか。

わたしの答えは、これは何の役にもたたない。むしろ、人を傷つける。
わたしの経験上、そう思うのだ。
わたしがそうだったから。


前に何度か、私が中学生の頃、いじめにあってたことを話した。
あのいじめは良く考えたら、これじゃないのかと思う。

あの頃、男子の仲が少しずつ悪くなっていってるのがわかった。
何人かの男子がはぶられかけてたのも、知ってた。
でも何故か、突然向けられた矛先。

もしかして、こいつらは、私を生け贄にして、不穏な空気を変えようとしていたのかな?
私をいじめるという目的で、団結しようとしていたのかな?

結果、みんな楽しそうに仲良く、私をいじめてくれました。
中には、はぶられかけてたのも混ざってたし、嫌われてた男子も、腹いせか、自分より下ができたことの安心感からか、一緒になって悪口言ってた。


そうです。これが、スケープゴートです。おそらくね。


でもさ、おかしいよね。
確かに、男子の中での平和は保てました、おめでとう。
でもさでもさ、生け贄はどうなのかな?
一生の傷を負うよね。負ったよ?


ユダヤ人だってそう。
ユダヤ人、浮浪者、障害者、同性愛者、ってだけで、連れてかれて
強制労働させられて、虐殺されて。
ナチスが戦争という不安定な状況の中で、集団の平和、市民の支持を保つために、ユダヤ人を生け贄にしました。
それで、ドイツの平和が保てました。
おかしいよね。


犠牲者は、なにかと理不尽な理由を突きつけられて、生け贄にされるんだ。
どうにかならないのかな
しょうがないのかな


もし、スケープゴート、生け贄にされたら、どのように回避するのか。
考えてみようか。

まずひとつめは、自分の意思をしっかり持つ。断固服従しない。相手の思うつぼだからね。難しいけど。

ふたつめは、自らがリーダーポジションに行くことだ。これも難しい。

どんな解決策があるんだろうね。
社会が上手くいくためには、必要なんだろうね。
いらないのにさ。

結局、考えがまとまらなかったけど、思ったことは吐き出せました。

レポートがんばります。


最後に1つ思ったのは、どんなに不安定な状況でも、大切な人だけは、生け贄にしたくない、されたくないってこと。


おやすみなさい。